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小説「ワインド」



ワインド


現実に疲れた少女がひとり、朧月夜をまろび歩く―――


どうして、いつから、ここにいるのだろう?
どこへ向かい、何を探す?
絡み合う蔦に足を取られ、深い森を一人さまよう…

誰かの呼ぶ声がする

「おいで手を取り、死さえも越えて」
「君が死んでも、誰も泣かないんだろ?」

現れたるは赤髪ピエロ
笑顔の仮面で彼は言った。歌うように。

「おいで手を取り、振り返らずに」

ここはどこなの?あなたはだれ?

「此処は幻想のパラダイス」


手を取った瞬間、ピエロは消えた
森を抜けると見えてきたのは…、動物園?
いくつもの柵の中でぬいぐるみは踊り、歌う

ぬいぐるみの僕らには(僕らには)
ここがどこでも構わない(構わない)
君が誰でも構わない(構わない!)

さぁ踊ろう!さぁ歌おう!
終わりのない歯車と
偽りだらけの舞台なら
さぁ踊ろう!さぁ歌おう!

明けぬ夜と暮れぬ夕暮れ
境界線・水平線
沈まぬ夕陽、昇らぬ朝日
臨界線・地平線
君がそれを見つけるまで
僕らは踊り続けよう

縫い合わせの境目が少し痛い
ぼやく彼らは幸せそうで
どこか少し悲しそうで、いたたまれない―――


「はやくおいでよ、此処はまだ違う」
「僕は君を待ってる。はやくはやく」

招く声に歩を進めれば
回る観覧車に歌うメリーゴーランド
踊るパレードに心奪われ
すべて悲しみとか、辛い現実など
忘れさせてくれる、ここはそう、夢にまで見た―――

ピエロは軽いステップでステージに降り立った。

「ようこそ、歓迎するよ」
Wind the Stage!! Let’s Play with Us!! Let’s Laugh!! Have Fun!!

そして始まる劇場
少女は心ゆくまで楽しんだ
けれど見てしまった、見られてしまった
少女を見つめる宙の瞳。


どうして?私はここにいちゃいけないの?


「どうやら君はまだあちらに未練があるらしい」
「そんなの、ない。私はここにいたい。ずっとずっと」
「それならば。」

おいで手を取り、未練を捨てて
君を捨て去る現実ならば
おいで手を取り、振り返らずに
永遠にここで暮らせるようにしてあげる


「3本のネジ」
「?」
「君が落ちて来た時、3本のネジが外れてしまった」
「ここに残りたいなら、それらを集めて元の場所に戻す事だ」
「それでなおるの」
「さぁ、やってみないとね」


3つのネジを探しに行こう

1つ目ネジは舞台にあった
空中ブランコで飛んでいた
ネズミが落としたものだろうか

2つ目ネジは城の上
観覧車に転がっていた
楽団ウサギの忘れ物?

3つ目ネジはきのこ山
毒色きのこに生えていた
「これで全部揃ったね」


空にそびえる柱時計
針が壊れて動かない

「あれを直せばこの世界は、完全な形で蘇る」
「私もずっとここにいられる?」
「それにはまだ一つ足りない」
「あとひとつ?」
「思い出してごらん、それは君が探していたもの」

いぶかしむ少女にピエロは微笑む

「嘘つきだ!ピエロは嘘を吐いている!」

小人(クライム)が叫んだ。

「スペードを見つけてはならない」
「あれは世界を壊す鍵だ」

気づけば二人は囲まれていた。ピエロは少女に告げる

「ここは僕に任せてお逃げ」
「君はスペードを探すんだ」
「どこにあるの」

ピエロはどこか虚ろな瞳で空を見上げた

「ご覧、あの月を。あれが君のいた世界だ……
―――帰りたい?」
「…」
「止めはしないよ、どちらに転んでも僕らの世界には関係無いしね」
「ただ個人的にちょっとだけ、…さびしい、かな」
「変わらない世界というのも退屈なものさ」


少女は駆け出した。振り向かなかった。
探していたものを思い出したから。

―――少女は井戸に落とされたのだ。
あれは月ではなく、…井戸の蓋。
追いかけてきたのは、少女を突き落とした誰かの瞳。

死んだはずだった。けれど生きていた。
井戸の底はいつか少女が夢見た世界。

ピエロが笑っていた
糸を断たれたクライムは地面に落ちた
あっけなく。


ファンタジア
夢に見た世界は終わりを告げる
全ては君の望んだ白昼夢
ファンタジア
オレンジ色に染まる夕陽
回り続けるこの世界

私のスペード(命)はどこにいったの?
あれをてにいれれば、ここにいられる

でも、ほんとうに私はここにいたいの?
スペードをこわしたら、いのちもうしなうの?


「この世界の歪みは僕が造った」
「何故?理由を知りたいかい」
「オモチャはただ愉快に回り続けるだけ」
「そんなの、面白くないだろ」
「オモチャに命を」
「僕の命を懸けてでも、何人飲み込んででも」
「彼らだって嬉しいハズさ」
「永遠にここで遊んでいられるんだから!」

スペードの正体。命の代償。
ピエロは殺した。迷い込んだ人々を。
拐かし、掌握し。

「やがて命は歪みに溶けた」
「罪だと思うかい」
「君は優しいね」
「誰でも、ワインドにやってくるような人間は皆、歪みを抱えているものさ」
「僕は背中を押しただけ」
「選んだのは彼ら。決めたのは彼ら自身さ」
「歪んだ世界は、とても美しい」

「さて、君はどちらを選ぶのかな?」


少女は探す。自らの命を。スペードを。
見つけて、壊せば、死んでしまえば、
ずっと…ここにいられる

そして見つけた。柱時計の針の先。
いったいどうやってあんなところに?

3つのネジを元に戻すと、歯車が動き出した
柱時計の時間が…動き出した
満月が閉じていく
現世への扉が閉じてしまう

少女は走る。柱時計を、上へ!上へ!
秒針に引っかかり、カードは中心に穴を空けていた
これが私のスペード
少女はカードを胸に抱く

「見つけたかい?」


現れたるは赤髪ピエロ

「そのカード、いらないんだろ?だったら…」
「僕にくれないか?」


オマエノヲ、ボクニヨコセ


「あなたは、いきたかったの」

少女のカードを奪い取り、醜悪にピエロは笑う

「君にこれは勿体ない」
「だって君は死にたかったんだろ?」
「君は帰ったらいい。君が死んでも誰も泣かない世界へ」
「そして帰るなり、―――死んでしまえばいい」
「スペードのカードは置いておいで」

柱時計が鳴る
少女は俯いた

「わかった」

示された扉は鏡の向こう側
「行くんだ、振り向かず」

「うそつき」


少女は振り返る
ピエロは大事そうに2枚のカードを持っていた
少女はその手を引く

「どうして?」
「だってあなたはいきている」


柱時計から見下ろせば、沈みゆく世界が見えた
広がっていたのは、オルゴールの世界
感情の無い人形達は、決められた動きを繰り返す
スペードは二人の手を離れ、落ちて行った
少女はピエロの手を取り、
蓋を開けて、現世へ帰る―――

歌が聞こえた。

僕らは待ってる 回り続けながら
落ちてくその意味を問い続けながら
オレンジに染まってく…
なんて素晴らしい Wind the World!!



+++++



井戸の外の世界は、ただ月明かりが照らしていた
ピエロは照れくさそうに仮面を脱いだ

「自己紹介をしようか」
「うん」
「僕の名前は―――」

「「ワインド」」



                               了




キャラクター紹介(裏)
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